2016年1月26日火曜日

寄稿文『旧世紀エヴァンゲリオン FAKE GENESIS EVANGELION 鋼鉄の宴』第四章後半



第四章後半


 
大君おおきみにこそ死なめ かへりみはせじ」

「艦長、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
 前甲板で一人軍歌を歌っていた渚カヲルに、相田トウジが声をかけてきた。
 二人は海軍兵学校の同期生だが、主席で兵学校を卒業した後、エリートコースである水雷科に進んだカヲルと、どん尻の成績で卒業して水雷艇や掃海艇の艦長のような地味な職務に就いていたトウジとでは階級が一つ違う。その為、現在二人が乗り込んでいる軽巡洋艦「酒匂」では渚カヲルが艦長、相田トウジは副長である。
「やあ、トウジ君。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
 どこか思い詰めたような口調で話しかけてきたトウジに対し、カヲルは普段通り、落ち着いた声で答えた。
「艦長。艦長は今日が、昭和二十一年二月二十五日が、この艦、酒匂にとってどんな意味を持つかご存じでありますか。」
「ああ、知っているよ。」
 ここまでストレートな反応を予想していなかったらしく、トウジは目を大きく見開いた。「『裏死海文書』の記述によれば、昭和二十年八月十五日の終戦時に無傷で残存していたこの巡洋艦「酒匂」は、戦後空母「葛城」などとともに復員船に指定され、大陸からの残留邦人の輸送任務に従事した。そして今日、つまり昭和二十一年二月二十五日、復員船の指定を解除され横須賀で米国海軍に引き渡される。もっとも時差の関係で日本時間ではもう二十六日になっているんだけどね。」
 この情報を知っている者は「ゼーレ」と深い関係にある者に限られている。日本政府が所持している「死海文書」の不完全な写本にさえもこの「史実」は記されていないのだ。
 カヲルの返答を耳にしたトウジの顔色がみるみるうちに蒼白になる様をカヲルは興味深く観察しつつ、海を見る為に甲板の手すりにもたせ掛けていた体を起こし、甲板に立つトウジのほうへと向けた。
「じゃ、じゃあ、やっぱりおまえは。」
「そう、君が見え透いた鎌をかけるまでもなく、僕はゼーレのお偉いさんがタブリスと呼ぶ存在だよ」
「何でや…。何でおまえがタブリスなんや。おまえとわいとは同期の桜、一緒にやってきた仲間やないか。それがどうして…」
「それで君の使命はなんだい。僕の殺害?蒼龍の撃沈?それとも…」
 カヲルと話している内に漸く心の平衡を少し取り戻したらしいトウジが答えた。
「この艦は、自分が動かします。」
「相田トウジ。サードチルドレン、碇シンジの友人である君にならこの「酒匂」を渡してもいい。ただし、一つ条件がある。」
 今やトウジと完全に正対しているカヲルは怪しげな微笑みを浮かべると、言った。
「僕を殺してくれ。今、ここで。君も軍人ならできるだろう、相田トウジ君。」
 再び愕然としているトウジに向かって、カヲルは言葉を重ねた。
「どれだけやり直そうが僕は人としても使徒としても失格なんだよ。世界の意味付けが出来たとしても、自分自身の意味づけが出来ないのであれば、生きる意味を見つけることはできない。僕は結局、使徒としての動機を失ったあげく、リリンにもなり損ねてしまったんだ。」
「そ、そんなことできるわけないやろが。おまえは作戦が終わるまでおとなしくしていてくれれば…」
「それに、君のやろうとしていることは、僕の処刑を他人に任せる事になるだけだ。仮にもタブリスであるこの僕という存在の生存を、この艦にいる君以外の人間が、許すとおもうかい。」
 カヲルはそういうと、トウジの背後へと目をやった。そこにはいつの間にか、つい先ほどまではカヲルの部下だったこの艦の乗組員達が集まってきており、彼らは全員、どこからか持ち出した小銃の銃口をカヲルへと向けていた。今やこの艦は、完全に乗っ取られていた。
 トウジは震える手で腰の拳銃を掴み、一度カヲルに向けて構え、元に戻そうとし、周囲の空気が変わったのを見て再びかまえ直した。カヲルはそんなトウジの姿を心の底から愛しそうに、ただ、眺めていた。酒匂の前甲板に銃声が一発、響き渡った。

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